昭和52年10月20日 朝の御理解



 御神訓 「神信心してみかげのあるを不思議とは言うまじきものぞ。」

 信心して体験に体験を積んで、そして確かに信心すればおかげが受けられるんだと。それが確信的なものになってくる。そこからいわゆる信心の向上を計る。お願いのしようが悪いと。お願いの内容が悪いと。信心と言うても信ずる心、又は真心又は神心と信心の段階が進んで行かなきゃならない。こりゃ自分のは信心ではないなと。半信半疑だなと。ああ自分のは真心のようであって、真心でないなと。とてもとても神心などとは到底神心などではない。
 そういう心で信心しているなと言う風にね、具体的に言うと、判って行かなければならないし、又それを手掛りとして信心を進めて行かなければならんのです。昨日は丁度夕食のちょっと前くらいから、今度の「合楽だより」の回想シリーズを、椛目の田中私の幼少時代というか、私の少年時代を知っておるという者は誰もいないです。ですから田中がこの頃婦人会かなんかの時に、私の小さい時の話をしきりに何かするんです。
 その時私は、「今度おばちゃん、あんた回想シリーズの私の小まか時のことばそげん覚えておるなら、それを一つ書かないか」と言って負った様な事からでしたけど、今度正教先生がそれを取り上げて、昨日その田中の話を聞いたわけです。それで私も傍で聞きながら、そんなこともあったげな。あんなこともあった。いや私がまだ知らない。七つ違いますからね私と、ですから隣同志ですから、本当に兄弟同様でふとっとりますから、私の知らないいわゆる幼少時代のことですから、よく知ってるわけです。
 ところが私昨日から長く座っておられんのです。痛くてね。足が張ってくるんです。気分も少し悪かったから、正教さんに「とにかく、聞くだけ聞いときなさい。テープに入れるだけ入れときなさい。そして私も後からそのテープを聞かせてもらうから」と言うて休みました。休みましてから、私もその私の少年時代の色々な、出来るならやはり信心の関わった様な言が沢山ございますから、そんな事を思い出させて頂きながらね、ははあほんにこんなこともあった。
 あんなこともあったと言う様な事を、二三思わせて頂いて、はあこれは記事になるなあと思ったことを、まあ聞いて頂きます。私が十四の歳ですかね。小学校卒業致しまして、酒屋の小僧に参ります時に、隣にいる田中の伯父が「他人の飯を食うと言う事は大変きつい、辛いことなんだ」と。「他人の家に働く時に、仕事がなくて手持ち無沙汰という時がある。そげん時じいっとしておると仕事がなかっても、てれっとしてからと言う風に必ず思うもんだ。
 だからそういう時にはね、必ずほうきを持て、雑巾を持て」と言う事を私に、出掛けの餞(はなむけ)に言ってくれたんです。これは確かにそうですね。あのうきれいにするとを嫌う人はおりませんからね。「もうそげん何遍でん拭かんでよかがの」ち例えば言うてもです。「はあ本当、家の番頭はなかなか綺麗好きで、ようお掃除をする」と言う事になるわけです。手持ち無沙汰の時には必ず雑巾を持て、ほうきを持てと、伯父自信も小さい時にはお菓子屋の弟子に行って、そんなことを人に聞いてね。
 それがまあ言うならば、主人に愛される一つのコツのようなものと、自分も体験して、私に教えてくれたことを思い出しましてね、確かに私は小さい時から綺麗好きでした。もう裸足で歩くと言う言が全然出来ませんし、お百姓さんの壷なんか、お湿りやら雨になると、馬屋の肥えが一杯積んでありましたから、真っ赤なお醤油のごたる汁が、こう壷一杯に広がっております。もう絶対私はそこは裸足で歩ききりませんでした。
 何かそう言う様な神経というか、そして子供の時から履物なんかでも絶対人の履物履かんし、タオルは自分のでなからにゃでけんと言う様な所があったんですね。で伯父がそんな注意をしてくれて、尚更そう言う様な事に心を使うようになって、いま現在の言うなら、合楽で言われるならば、信行に「タオルはこうしなければいけないよ。石けんを使う時にはこう」と言ったような、言うならば土台のようなものが、そういう少年時代に出来ておったように思いますですね。
 ただ勿論綺麗好きとか、清潔好きとかというのが、信心になってきたと言う事なんです。それから一回田中と荒木の黒土と言う所に、もう田舎ですけど私の父の弟がおります。山口薫造と言うんです。その家に何か歩き行っとります子供ばかりで。そん時にあちらの伯母がね、大変難儀な中を通っておりましたけれども、非常に私共を可愛がってくれましたが、私共が帰るち言いましたら、「そげなこつ言わんな、まあ一日おらんの」ち「明日はあんたが好きな金光様に連れち参るけんで」と言うた言があるです。
 それが今から考えてみますとね、羽犬塚の教会に連れて行ったのです。相当遠いかった。あちらにも子供がたくさんおりましたから、とにかく四五人連れで、田中も含めて私、それからあそこの従兄たちと伯母が歩いて羽犬塚の教会に連れて行ったことがある。私が帰ると言うたから、「明日は、田舎のことじゃから、あんたが遊びに来たけどもなあにも遊びに連れて行くところもなかった。それだから明日はあんたが好きな金光様に連れち参るけんで、明日までおらんの」と言うて、お弁当を作ってね。
 途中の野原の山のごたる所でお弁当を頂いて、そして確か羽犬塚の教会の手前に橋が確かあったなあと言った様な事を、もうそれ以来私は羽犬塚という所に行ったことがありませんから、記憶ありませんけど、そんなことを昨日思い出させて頂いて、私が子供の時から、信心好きと言うか、拝むことが好きじゃったと言った様な言が、判りますですね、そういう話からでも。そんなことがありました。
 それから一回これも私の伯母が山本におります。今荒瀬ですの家にやっぱ田中も一緒に、何かよどかなんかじゃったでしょう。一緒に行きまして、それもまあ十くらいじゃなかったじゃろうかとこう思いますが、その伯母の近所の、言うならば子供たちが七八人ぐらい、老松様という山本に有名なお観音様がありますよね。あのお観音様の前が、老松さんという氏神さんがあります。そこに遊びに行っとるです皆で。その時に田中は行ってなかったようですけども、私共の年配の者だけが遊びに行ってからです。
 大きな蜂の巣をつついとるです皆で。そうしてから、その蜂が腹かいてから追い掛けてきてから、ほらもう七八人のものは皆こう腫れてですね、私が「金光様、金光様」ち走って逃げたことを覚えておるです。そして伯母がですね「早ようなら芋のずいきで刺した痕に塗ると良か」ちゅうて、したら「そげなものじゃいかん。御神酒さんでなからにゃいかん。御神酒さんなからにゃいかん」ちゅうて、私が御神酒さんをつけてもらった。その時分の伯母の所でも、金光様の御信心を頂いておりましたから荒瀬の。
 そいで御神酒さんつけてもろてからです。もう他の者は死ぬごたる目に遭うとるです。ところが私は、もうけろっとおかげを頂いたんです。「やっぱあんたが金光様金光様ちゅうだけあるばの」ち言われたことを、昨日思い出しましてね。その「金光様金光様」ちゅうて逃げたことも覚えとるです。それはいくつぐらいじゃったか分からんけれども、そういう二三のことを思わせて頂いて、今日の御理解を頂きましてね。もう「金光様」と言やあおかげが頂けれると。
 そしてなら、信心好きであったというか、まあ言うならば、私の言うならここで信行を話す時には必ず「下駄を揃えなけりゃいけない。それも綺麗好きでするのじゃない。風呂へ入ったらタオルをこんなふうに使わにゃいかん。石けんはこんなふうに使わにゃいけん」と。それも私は几帳面であるだけと言うのではなくて、それを「信行で行なえ」と言ったような信心がその時分から、育ってきておるように思うんです。
 そして信心すればおかげが受けられると言う事は、私の上に起きて、家に起きておる様々な奇跡的なおかげを受けておる、私自身もやはりおかげを受けてきておるそのことをです。段々信ずる力が強くなってきたのじゃなかろうか。そして段々少しは信心が判るようになって、思うようにならん、おかげが頂けないという。これはもう言うなら心づいての頃からですけれども、これは自分の信心がまあだ本当のもんじゃない証拠だと言う所にいつも焦点が置いてあるんです。
 例えば私が引き揚げて帰ってくる。それは今までの信心が大変熱心であったけれども、本なもんじゃなかったなというて、本当なものを目指すようになり、そして神様の一分一厘間違いのない働きが、段々現わせれるようになって来たと言う事は、私が何時も言うように、もう「五と五と足せば十になるんだよ」と、それが八にしかならん、九にしかならんなら計算間違えているんだ。天地の親神様がおかげ下さる。
 私共がおかげ頂こうと言うものが、こうやって相対してから、おかげの受けられんはずはないんだけれども、中に何かが障害になるものがあるんだよ。おかげを下さろう、おかげを頂こうというものが相対してるんだから。だから障害になるものが何処にあるかということを、自分の心から言うならばそれを摘出して行くというか、発見して行って、改まって、本当な信心に一歩でも近付いて行こうと言う様な風に、段々おかげを頂いてきたと言う様な事を思うんです。
 だから田中が今私が話した三つのことを覚えておるか昨日聞いた竹内先生に話した中に、そんな話をしたかどうか知りませんけれども、私は、早めに、早めというかその場におらずに、休んでからそんなことを考えて、私の少年時代の信心とでも言うか、まあそう言う様なものを、こう思い出させて頂いてね。今日の御理解が「信心してみかげのあるを不思議とは言うまじきものぞ」と言う事を、もう少年時代からずうっと積み上げてきておると言う言がね有難いんだと。
 どうかあれば「御神酒さん」どうかあれば「御神米」。もうそれでおかげが頂けれるんだと、私共はやはり信じ切ってというか、おかげが頂けれるんだというものが段々真の力になってきたように思います。今日私共は、ご本部にお礼参拝に参ります。菊栄会の方達を中心に、総代さん方が二三人参ります。もう直ぐ発たなければ間に合わんのです。だから今日はこれでご無礼致します。お届けはどうぞあちらでして下さい。
   どうぞ。